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大阪高等裁判所 昭和56年(行コ)25号 判決

京都市中京区壬生御所ノ内町四五番地の一

控訴人

田中康夫

右訴訟代理人弁護士

安田健介

腰岡寛

京都市中央区柳馬場二条下ル等持寺町

被控訴人

中京税務署長

人西操

右指定代理人

前田順司

松本捷一一

城尾宏

木下幸夫

杉山幸雄

右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取消す。控訴人の昭和四八年分所得税について、被控訴人が昭和四九年一二月二七日付でなした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。控訴人の昭和五一年分所得税について、被控訴人が昭和五三年三月三日付でなした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。控訴費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

控訴人の本件商品取引が所得税法施行令六三条一二号所定の「対価を得て繊続的に行う事業」に該るものと解すべきことについて、原審での主張に加えて次のとおり補足する。

1  控訴人と訴外京都木平林産業業組合(以下「企業組合」という。)とは実質的に一体のものである。即ち、企業組合の出資金一〇〇〇万円のうち九七パーセントにあたる九七〇万円が控訴人とその家族の出資であり、また、企業組合の役員は控訴人とその家族のみであり、控訴人の代表権についても控訴人の任意の意思によらない限り失うことなく、控訴人がその経営の一切を行い、企業組合の利益・損失及び資産は殆ど全部が実質的には控訴人に帰属し、控訴人は企業組合の木材取引のため毎日の主要な時間と労力を費しているのであり、控訴人が企業組合から受けている給料ないし役員賞与は、控訴人が企業組合の経営に専念した結果得ているもので、木材販売業による収入ともいいうるのである。したがって、控訴人と企業組合はその法的人格が別であっても、運命共同体的な深い関係があるというべく、控訴人がなした本件商品取引は右企業組合と一体のものというべきである。

2  控訴人が企業合合の木材取引の保険的作用のため本件商品取引を利用したことは、単に主観的にそのように意図したにとどまるものではなく、客観的にも保険的作用を果していたものである。即し、本件商品取引がゴムや小豆の取引であり、控訴人の本業は木材の取引であるが、右ゴマや小豆の商品取引所における取引価額の推移と木材の現物市場における取引価額の推移とを比較すると、この類似性には驚くべきものがあり、ゴムや小豆と木材との価額変動には客観的関連性が存するのであり、その理由は、景気の一般的動向によって物価が全体的に高低の同一方向にむかう傾向があることだけでなく、ゴム、小豆、木材いずれも国民の生活必需品としての農林作物であり、気象状況や生産国との貿易上の諸条件によって受ける影響に種々類似性があること等によるのである。

さらに、控訴人が保険的作用のためになした本件商品取引が実際上保険的作用の役割を果しているかをみるに、昭和四八年においては、商品取引は損失に終ったが、木材業は大いに利益が得られたし、同五一年においては、商品取引は損失で終ったが、木材業は利益があがったし、同五二年においては、木材業では損失に終ったが、商品取引は利益が得られたのであって、このように商品取引は本来の保険的作用を現実に果したのである。

また、通常の投機のためになす商品取引は、「買い」から始めたり、「売り」から始めたりして区々であるところ、控訴人の本件商品取引の場合は、全体的観察をすれば、「売り」から始めて「買い」に終っており、保険的作用を利用する目的であったのである。

3  控訴人は、昭和四九年三月九日中京税務署受付をもって、職業を「商品取引業」と明記して所得税の青色申告承認申請を中京税務署長になし、同税務署長はこれを受理して、右青色申告承認は取消されることなく現在にいたっている。所得税法一四三条、一四四条、一四六条、一四七条等によると、青色申告承認申請をするときには所得の種類を書いて承認を受けることを必要とするのであるから、控訴人の本件商品取引による所得は前記職業の記載からして事業所得としての商品取引によるものであることは明白である。

また、控訴人は、昭和四八年神戸ゴム取引所から継続会員と認定されたが、右会員に認定されたということは、控訴人が商品取引に習熟した者であることを右商品取引所から認められたことを意味し、控訴人のなす商品取引の事業性を示すものというべきである。

(被控訴人の主張)

1  控訴人の前記1の主張事実は争う。

控訴人と企業組合とは別個の猪立した法的人格を有し、各々が独立の法主体として法律行為あるいは経済活動を行っているものであるから、右両者を一括して同一の経済主体とみることはできず、控訴人自身において右両者の収益の分離、各税目の個別申告を是認しながら、本件商品取引についてのみ右両者間の一体性を主張するのは全く理由を欠くものである。

2  同2の主張事実は争う。

ゴム及び小豆の価額の変動と木材の価額の変動との間には関連性は認められない。ゴム相場によれば、その価額は、昭和四七年中ころから上昇して同四八年末から同四九年初めにかけて最高値になり、その後、同四九年中は下降し、同五〇年はほぼ横ばいの傾向を示し、小豆相場によれば、その価額は、最高値は昭和五二年であり、同四八年ころはむしろ最低値に近い価額である。これに対し、木材の価額は、昭和四七年末ころまでは上昇した後、同五〇年ころまでは周期的にほぼ同じ金額で高値と低値とを繰返しており、この傾向はゴム、小豆のいずれとも異なっており、木材の価額の変動はゴム、小豆の価額の変動と関連性を示していない。

また、昭和五二年における企業組合の木材業は損失でなく利益をあげており、同年度は控訴人の主張するような保険的作用を果したものではないし、昭和四八年及び同五一年についてみても、企業活動として堅実な商取引を行う木材業が利益をあげ、他方、投機的性格を有する商品取引が損失を生ずるのは当然の事理であって、これも控訴人主張のような保険的作用を現実に示したものでないことはいうまでもない。

さらにまた、本件商品取引は、控訴人主張のように「売り」から始まり「買い」に終っているもののみでなく、小豆、ゴム取引のうちには「買い」から始まって「売り」に終っているものもあり、しかも、企業組合の取扱商品である木材の数量とこれに対応する本件商品取引の上場商品の数量が異なっており、木材の購入から販売までの期間と本件商品取引の「売り」から「買い」までの期間とは対応しておらず、本件商品取引は保険的作用としてなされたものでないこと明らかである。

3  同3の主張事実は争う。

商品取引業とは商品取引所法により主務省に登録した商品取引所の会員、即ち商品仲買人のことをいうのであり、控訴人は、右商品取引業者に取引を委託しているものであるから、商品取引業に該らないこと明らかである。

控訴人が被控訴人に対し、職業を「商品取引業」と記載してなした青色申告承認申請については、所得税法一四七条により承認があったものとみなされたが、このことは控訴人の所得が不動産所得、事業所得または山林所得に該当する場合に青色申告書を提出できることが承認されたという効果を生ずるにとどまり、そもそも事業所得には該当しない本件商品取引による所得が事業所得になるという効果をもつものではない。なお、所得税法によれば、青色申告の承認を受けるためには、法定の事項を記載した申請書を所轄税務署長に提出したうえ、その承認を受けなければならないが、(同法一四四条、一四六条)、所得の生ずべき業務が「事業」に該当しないことは、右申請を却下し、または承認を取消す事由には含まれていないのである(同法一四五条、一五〇条)。

(証拠関係)

(一) 控訴人は、当審において、甲第二六ないし第三七号証(第三二ないし第三七号証はいずれも写)、第三八ないし第四三号証の各一、二(いずれも写)、第四四、第四五号証を提出し、控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第四号証の成立は認める、同第五ないし第一三号証の原本の存在及び成立を認める、と述べた。

(二) 被控訴人は、当審において、乙第四ないし第一三号証(第五ないし第一三号証はいずれも写)を提出し、甲第二六ないし第三一号証の成立は不知、第四四、第四五号証の成立は認める、第三二ないし第三七号証、第三八ないし第四三号証の各一、二の原本の存在及び成立は認める、と述べた。

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり附加・補正するほか、原判決の理由に説示するところと同一であるから、これを引用する。

1  原判決一三枚目裏一行目の「第二〇号証」の次に「原本の存在及び成立に争いのない乙第九ないし第一三号証、当審での原告本人の供述」を加える。

2  同一五枚目表二行目の「主張し(原告の反論3(二))、」を「主張する。」と改め、同表二行目の「前掲」から同表八行目の「認められる。」までを削り、同表八行目の「しかしながら、」の次に「右主張にそうことに帰する当審での原告本人の供述部分は、自分だけの一方的見解にすぎないと思われるので採用しがたいばかりでなく、右供述とこれにより成立の認められる甲第二六号証とによると、」を加え、同一五枚目裏一行目の「としても、」の次に「本件全証拠によっても」を、同裏二行目の「できない」の次に「ので、そうである」をそれぞれ加える。

二  控訴人の当審での主張1について

当番での控訴人本人の供述と同供述により成立の認められる甲第二六号証及び弁論の全趣旨によると、前示企業組合の出資金一〇〇〇万円のうち九七三万万五〇〇〇円は控訴人とその家族の者が出資していること、同企業組合の代表理事は控訴人であって控訴人の家族の者のみが理事の地位を占めていること、同企業組合の事務所は控訴人宅の一階にあり、控訴人が同企業組合の代表者として木材販売事業を営む同組合の経営に当っていることが認められるから、同企業組合は控訴人の個人的色彩の濃い組合であって、その経営状態の如何は直ちに控訴人の配当、給料、役員賞与等の収入に影響することの大きい関係にあるものといえるが、控訴人と同企業組合は、あくまでその法的人格を異にするものであって、同一の経済主体ということはできず、右両者間に前記認定のような関係があるからといって、控訴人がなした本件商品取引を企業組合の前記事業と一体のものとみることはできず、右両者の一体性を強調する控訴人の主張は排斥を免れない。

三  同主張2について

当審での控訴人本人の供述と弁論の全趣旨によれば、ゴム相場の価額は、昭和四七年中ころから上昇して、同四八年末から同四九年初めにかけて最高値になり、同四九年中は下降し、同五〇年はほぼ横ばいの傾向を示していること、小豆相場の価額は、昭和五二年最高値を示して、同四八年ころはむしろ最低値に近い価額であること、他方、木材の価額は、昭和四七年末ころまで上昇した後、同五〇年ころまで周期的にほぼ同じ金額で高値と低値を繰返していることが認められ、右事実によれば、ゴム、小豆の価額の変動と木材の価額の変動との間には関連性があるものということはできず、他に右関連性の存することを認めるに足りる証拠はない。

次に、原本の存在及び成立に争いのない甲第三二ないし第三六号証、当審での控訴人本人の供述によれば、昭和四八年度においては、商品取引は損失に終ったが、木材業は利益が得られたこと、同五一年度においては、商品取引は損失に終ったが、木材業は利益が得られたこと、同五二年度においては、商品取引と木材業の両方とも利益が得られたことが認められる。控訴人は、右のように昭和四八年、同五一年度において、木材業は利益をあけ、商品取引は損失で終ったことをもって、本件商品取引が現実に保険的作用を果していた旨の主張の根拠とするが、右各年度において、商取引としての木材業が利益をあげ、これに対し本件商品取引が損失を生ずる結果となることは、各取引の性質上たまたま生じうるところと考えられるので、本件商品取引が保険的作用を果していたことの根拠となるものではない。

控訴人は、本件商品取引が企業組合の木材取引に対する保険的作用を果していた根拠として、本件商品取引は、木材の売買とは反対に、「売り」から始まって「買い」で終っている旨主張するが、原本の存在及び成立に争いのない乙第九ないし第一一号証によれば、本件商品取引のうち、昭和四八年度の控訴人名義の小豆取引、ゴム取引、控訴人が同人の妻名義を用いたゴム取引において、「買い」から始まって「売り」に終っているものもかなり存することが認められるから、控訴人の右主張のような商品取引の形態は保険的作用の根拠とはならないものである。しかのみならず、前示乙第九ないし第一一号証のほか原本の存在及び成立に争いのない乙第一二号証、当審での控訴人本人の供述のほか弁論の全趣旨によれば、本件商品取引のうちには、「売り」と「買い」との各取引を同一日付で決済したり、「売り」から「買い」まで一か月以内の期間で決済したり、または一か月以上の期間で決済したりしているのに対し、企業組合の取扱う木材のうち、外材は数か月分を一度に購入して売却まで平均六か月を要し、内地材は毎日購入して売却まで二か月を要し、昭和四八年度における企業組合の木材の仕入額は約四億五〇〇〇万円で利益は約一〇〇〇万円であるのに対し、本件商品取引の小豆、ゴムの取引高は約一〇億円で損失額は約一億三〇〇〇万円であることが認められる。そして、成立に争いのない甲第二一ないし第二三号証によれば、保険的作用としての商品取引とは、特定の事業を経営する者がその取扱商品を購入したときに、商品取引市場においてそれに見合う数量・価額の上場商品を「売り」に出し、また、前記の取扱商品を販売したときは、同様にそれに見合う数量・価額の上場商品を買戻すという方法によって行うものであることが認められるから、前叙認定のように、取扱商品たる木材の数量・価額と上場商品たる小豆、ゴムの数量・価額とが著しく異なり、あるいは右木材の購入及び販売時と対応しない時期に右小豆、ゴムの「売り」及び「買い」を行っているような場合には、右商品取引はもはや保険的作用として意味を有しないものというべきである。そうすると、本件商品取引は到底保険的作用としてなされたものとはいいがたく、右保険的作用についての控訴人の主張は採用することができない。

四  同3の主張について

成立に争いのない甲第一号証、当番での控訴人本人の供述、弁論の全趣旨によれば、控訴人は、昭和四九年三月九日中京税務署受付をもって、控訴人の職業を「商品取引業」と記載して所得税の青色申告承認申請を同税務署長に対してなし、右青色申告承認申請は、所得税法一四七条によって承認があったものとみなされ、爾来取消されることなく現在にいたっていることが認められる。控訴人は、青色申告承認申請をするときは、所得の種類を書いて承認を受けることを必要とするから、前記職業の記載からして、控訴人の本件商品取引による所得は事業所得である旨主張するが、前記のように青色申告承認申請について承認があったということは、控訴人の所得が不動産所得、事業所得または山林所得に該当する場合に青色申請書を提出できることが承認されたという効果をもつにとどまるもとであって、控訴人の本件商品取引による所得が当然に事業所得になるという効果まで生ずるものではないと解されるから、控訴人の前記主張は採用に値しない。なお、前示控訴人本人の供述によれば、控訴人は神戸ゴム取引所から継続会員に認定されたことが認められるが、右事情があるからといって、前叙の判断からすれば、本件商品取引につきその事業性を肯定することはできないものである。

五  よって、以上と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、行政事件訴訟法七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 唐松寛 裁判官 奥輝男 裁判官 野田殿稔)

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